禁煙記事その④2016年9月~現在。禁煙成功まで。

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2016年9月。

ニコチネルパッチによる禁煙治療を開始してから約3カ月。

晴れて、たばこを一本も吸うことなく、禁煙外来受診最終日を迎えることができた。

最終受診日。

「では、これからも禁煙続けていきましょう」

そんなこと以外、禁煙外来医師と何を話したかなんて覚えていない。まあ、そんなもんだ。(笑)

 

9月は雨の多い時期。この日も雨だった記憶がある。

帰り道、野良猫たちが並んで雨宿りをしている場面に遭遇したのを覚えている。

冒頭の画像は、その時のものだったと思う。(笑)

画像が不明瞭で申し訳ないが、雨に当たらない位置に、並んで固まっている様子がおわかりいただけるだろうか。なかなか傑作のショットである。すばらしい。(笑)

話はまたどうでもいい方向にそれるが、私は無類の猫好きなのだ。(笑)

休みの日ふらっと散歩して、野良猫、地域猫探しはとても楽しい娯楽だ。

(当時、ペット不可のマンションに住んでいて、自分ちでは飼育できなかった…)

 

そして心なしか、

いつの頃からか、そのへんの猫が近寄ってきくれる頻度も高くなったような感がある。これはたばこの臭いがしなくなったせいもあるのではないか?

そういえば、ネットでは嫌煙派の意見として、喫煙者の臭いがクサくてしようがないといった意見をよく見かける。

動物だって、同じようなことを感じてるんじゃないのか…。

前回、たばこ依存症は精神疾患であって、理性的な言い聞かせなんかはあまり効果が感じられないという意味のことを述べたが、

私の場合は、このへんのいきさつからガラッと意識の持ち方が変わってきたのは事実だ。

こんな考え、ばかにする人もいるのはわかってはいるが、動物にはこうやって様々なセラピー効果があったりするものなのだ。

更に、今から述べるような考え、ばかにする人はしてくださっても別にかまわないが、

禁煙治療も時々話題に上る「マインドフルネス」「瞑想法」などの応用が効果的なのだ。

その内容について詳述することは、本稿の趣旨ではない。ご興味ある方は「マインドフルネス」や「瞑想法」といった文字列で検索をしていただきたい。

あくまで私の場合、入って行ったいきさつはこんな感じだ。

2016年秋、その当時は、中野区に住んでいた。

趣味の散歩で、新井薬師梅照院付近を歩いていた。(梅照院境内にも三毛の猫が時々現れることを知っていたw)

あそこは、日中行くとお香がとてもいい匂いだ。

参拝をしてみる。

賽銭箱近くに、「真言」と呼ばれる呪文が掲示されている。

『おんころころせんだりまとおぎそわか(薬師如来)』

『おんばらだはんどめいうん(如意輪観音)』

何度か、心の中で唱えているうちに、この呪文は自然と頭に入ってきた。

休日に行くと、周囲をろうそくのフェイクで飾られてる綺麗なご本尊を見ることができる。

何度か、ここへは通った。そして確信した。

ここは自分の嗅覚、聴覚、視覚へ、少し非日常な信号を送ることによって、心を空っぽにできる場所だ。

こういう体験をしておくだけでぜんぜん違う。「心を空っぽに」するメソッドを心得てしまうだけでだいぶ楽になる。日常の中でも、時間が空いた時は瞑目して梅照院を参拝している時の心持ち、五感への刺激のありようを思い出せばいいのだ。

そこに心を止めればいいのだ。

これは、以前読んだことがある「瞑想」関係の本に書いてあった内容を応用したものだ。

 

なにも、新井薬師だけを皆さんにすすめることが主旨では決してない。

もうすこし「オカルト」的な話をして良ければ(こういう話、引かない方だけ読み進めてくださいね…)、「繭気属性(けんきぞくせい)」というものがあるのだ。

私は、「火」の属性(偶然なことに私の妻も!)なので、火属性を持つ「新井薬師」がとても相性がよかったのだろうか。

ちなみに、埼玉の川越八幡宮も代表的な「火属性」なのだ。

その以前、私は埼玉に住んでいた。

同じ「火属性」を持つ私と私の妻は、恋人時代、川越八幡宮近くの川越の街を散歩しながら心の距離を近くしていった。なんていうエピソードも、あったりなかったりするものだ。ww

まあ、ご興味ある方は、「繭気属性(けんきぞくせい)」で調べてみられるといい。

「心を空っぽに」。その方法は各人各様だと思う。自分自身に合った「パワースポット」を発見することで、心を空っぽにするメソッドは得やすくなるに違いない。

 

私は、それこそ「火属性」であるせいか、頭の中が暇になってしまうとすっかり気が抜ける。

そんなとき、脳内に喫煙の刺激なんていうケシカランものを思い出してしまう結果になる。

頭の中を暇にしててはいけないのだ。常に何かに対して燃焼させているぐらいがちょうどいいのだ。

だからこそ、(今さら)ブログなんか開設して、自分の考えを発信してみるなんて道を選んだ。

…禁煙の話から、話はこんなところにつながった(笑)。

 

何はともあれ、

たばこを吸わなくなってから一年が経過し、現在都内某所でこれを書いている。

 

今でも時々、たばこを勧められて一本吸う夢を見てしまったりするのだ。

しかも、勧めてくる人物がなかなか魅力的な人物像だったりする。

…うーーん。これ、なかなか厄介な精神病である。

それでも日常、数ヶ月前まではあれほど手放せなかったミンティアも、いつからかべつに「服用」しないでもいられるようになってきている。

確実に、一歩一歩、たばこの強い刺激は、脳から離れつつあるのだ。

毎日ブラックコーヒーを飲む習慣は、未だにやめられない。が、「まずまず健康でびっこにもならずにその日その日を暮している」。

「欲を言っても際限がないから生涯無名の猫で終るつもりだ」

…なぜに!?いきなり漱石の『猫』からの引用なのかよくわからない(笑)。それは、なんとなく雰囲気だ(笑)。

まったく、まとまりない文章で恐縮だが、ここから禁煙成功のコツらしきものを見出すなら次のようになる。っていうことで、このグダグダまとまりのない稿をいいかげん閉じたいと思う。

 

・ネットでの「嫌煙派」の意見気にして読んでおくことで、ふと意識の持ち方が変わるタイミングがある。

・「マインドフルネス」「瞑想法」などの応用は非常に効果的。

・吸わなくなってから1年経過してもときどき喫煙の刺激は思いだしてしまう。こんなもんだと思って気長に闘っていくしかない。そのうちに吸いたい気持ちはもっと減弱していくはず。

 

                     ーー了ーー