禁煙記事その③2016年7月~9月

2016年7月。

禁煙外来を受診し、ニコチネルパッチ貼付治療を開始して、2カ月が過ぎた。

あいかわらず、ご飯の直後とか、休日の午前中にだらっとしているときとか、

たまらなくたばこの煙を吸い込みたくなる欲求に負けそうになる時がある。

もう、常に歯磨きを持参するとか、食事の後は氷を(夏期だったこともあり)口に含んで刺激を与えるようにするとか、前もって強い衝動には対処しておくしかない。

食事の後、朝方など、衝動が強くなるタイミングは大体把握できているのだから。

 

定期的に(ニコチネルパッチの処方切れ日に)禁煙外来の医師とカウンセリングあるのだが、これは正直ほとんど意味をなさない。

周囲の人に禁煙を宣言する。なんていうコツもよく言われることだが、これも意味をなしているかどうかは怪しい。

たばこ依存症は、けっこう精神の奥深くまで入り込んだ精神疾患なのだ。

改めて、禁煙の効能がどうの聞かされても、

たとえ他人にどのように見られようと、

心の中で根本的な情動は変わらないのだ。

今まで一度も喫煙習慣を持ったことのない方は、こういう言葉を読んで是非、たばこ依存症患者になってしまうようなことを思いとどまってほしいとは思う。

 

2016年8月。

3ヶ月もたってくれば、日常のイライラする出来事も累積してくる。

仕事でうまくいかないとか、

家で妻にガミガミ言われるとか(笑)

なんだか、たばこぐらい我慢せず吸ってもいいじゃねぇかよ。と思ってしまう時がある。

「できない」「駄目な」「弱っちい」自分自身との向き合い方の問題なのだ。ということが、浮き彫りになってよく気がつく。

たばこの煙という毒物で脳の働きを麻痺させ、都合わるい思考を止める。なんていう対処法以外の方法で対処しなければならない、窮地に立たされるのだ。

8月の暑い日、クーラーがよく効いた書店に立ち寄る。上記のように追い詰められた私はついビジネス書や自己啓発系の本に手を伸ばしてしまう。w

なんでもいいから読んでいるうちに、「活字を読む」「文字に集中する」ってなことが、割と(自分のばあい)たばこ吸いたいイライラを押さえこむ鍵になることに気がついてくる。

何か読み応えある本でも欲しくなる。

ビジネス書や自己啓発系の本みたいな、よく考えれば先刻承知なことばかり書いてあるような本ではなくw(そういう系の書籍の著者、出版関係のみなさま、申し訳ございません)。

 

8月の終戦記念日が近づいてくると、毎年、太平洋戦争関係の書籍が書店の棚を賑わす。

1冊手に取る。うん、うん。戦史ものはやっぱり納得の読み応えだ。(笑)

ひと月の間3~4冊は読んでしまう成り行きになった。それはたとえ、共働きの妻に「このごろ家事サボってんじゃないよ!」と怒られる結果になったとしてもだ。(笑)

勇猛果断に、読書に時間を使うことを選んだ。(笑)

しかし、どの本を読んでも、ミッドウェー海戦の大敗以降は目を覆いたくなるな…。

英霊に「ありがとう」と言えるような社会でなければおかしいといったような意見には、個人的にだいぶ賛成だ。(この意見はまじめに言いたい。)

 

まあ、そんな話はここでは置いておくとして。(これ何のための導入だったんだ・笑)

 

時は9月になり、ニコチネルパッチ貼付治療も終了時期を迎えようとする。

5月31日から、なんとかここまで一本もたばこを吸わずに来ることができた。

パッチ薬の副作用たる、皮膚のかぶれ、かゆみの範囲もだいぶ範囲を広げている。

この皮膚の苦痛からはもうすぐ解放だ。

さて、ここまで続いた「禁煙治療」の効果はいかに?

果たして、禁煙は続けられるものなのか? 

 

                   ーー続くーー